第七三回
【構想発表】
「レヴィナスにおける主体性――享受と近さ――」 田中 隆伯
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ほぼ同じ時期に発表された著作である『存在することから存在するもの
へ』(1947)において表立っては登場しないものの、レヴィナスは、『時
間と他なるもの』(1946-47)のテーマ設定を「孤独」ということばととも
に語りはじめている。そこで展開される議論じたいは、たしかに、この時
期のレヴィナスの議論においてもなじみ深い、「存在するものなき存在す
ること」、「イリヤ」、「実詞化」といった論点をたどってはいくが、主
体のありようをあくまでも「孤独」ということばで捉えながら、「時間」
との関わりを考えようというレヴィナス自身が掲げている構想じたいはあ
まり着目されることがなかったように思われる。
だが、『時間と他なるもの』は『全体性と無限』(1961)の議論全体を先
どりするようなかたちで構成されていることを考慮に入れるならば、その
意味がかぎりなく脱色させられていく一方で、ことばそれじたいが持つ喚
起力を十分に意識しながら語りだされる「孤独」ということばに着目し、
後年の著作に登場する述語との連関を問うところから見えてくることがら
もあるのではないだろうか。
本発表では、「孤独」ということばにひとまずは着目し、『時間と他な
るもの』では登場することが少ない「享受」ということばを手がかりとし
ながら、レヴィナスが語るところの「主体性」について、おもには二つの
主著を素材として考えることにしたい。
【参考文献】
- レヴィナス 『時間と他者』原田佳彦訳
(法政大学出版局、一九八六年)
- レヴィナス 『全体性と無限』熊野純彦訳
(岩波文庫、二〇〇五年)
- レヴィナス『存在の彼方へ』合田正人訳
(講談社学術文庫、一九九九年)
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【発表】
「カントの技巧概念――批判期における実践をめぐる思考にそくして」
大熊 洋行
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カントは『判断力批判』のとりわけ前半部を記述しつつ、その書へ
の序論を書きあげた。この序論は、主としてその長大さゆえに実際に
は付されることはなかった。しかし廃棄されることもなく、現在では
「第一序論」という名で知られている。
本発表では「第一序論」において多く用いられながらも、実際に付
された序論においても、そして『判断力批判』第一部においても消失
とまではいわないまでも、言葉それ自体としては極めて目立たない位
置に置かれることとなった「技巧」(Technik)という概念に光をあ
てる。なかでも今回は「第一序論」に見出される技巧概念の内実の形
成過程を、批判期の、それも実践をめぐる思考にそくして検討するこ
とにする。
議論は次のように構成される。第一に「第一序論」での技巧概念の
用法を分析する。これによって技巧概念の用法が、実践と区別される
意味(1)、認識能力のはたらき方(2)、自然についての理念(3)、
という三つに大きくは分類できることが示される。第二に先に示され
た用法の(1)において技巧が実践と区別される意味で用いられてい
たことを手掛かりに、『人倫の形而上学の基礎づけ』、『実践理性批
判』のとりわけ「弁証論」と「方法論」において見いだされうる、技
巧概念へとつながっていく議論を検討する。これによって、技巧とい
う概念に至るカントの思考の連続性が示される。そして第三に『判断
力批判』の「象徴論」を検討する。これによって、本論においては周
縁に追いやられてしまったかに見える技巧をめぐるカントの思考が、
実際には内実として『判断力批判』第一部の枢要な位置にあり続けて
いることが示される。
【参考文献】
- カント『人倫の形而上学の基礎づけ』
- カント『実践理性批判』
- カント『判断力批判』
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